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真空パックとスピーカー

久石ソナ @sona_hisa は日常と作品の中に住む準備をしています。

近状としてのお知らせ

春雷の夜にはっとさせられている。

前の記事からだいぶん経ってしまった。

継続が一つの鍵としてあるのなら、その鍵は手放さずにいこうと思う。

 

お知らせがいくつか。

 

すでに発表されたもの。

短歌総合新聞「梧葉」さんの特集「競詠 平成生まれの歌人たち」に新作三首を寄稿させていただきました。
タイトルは「都会2017」です。

久々の作品発表の場でしたので、どきどきでしたが、このような機会をいただけるのもありがたい限りです。

私も含め特集には、平成生まれの歌人が18人参加しています。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

これからのもの。

 

子どもの歌会
5月5日(金、祝日)16時から東京都内で歌会を開きます!

会場は決まり次第発表します。

 

ゲストは初谷むいさん

 

テーマ詠「相聞歌」
テーマ詠「家具家電の名前詠み込み」

 

各一首。参加希望の方は前日までにツイッターの久石ソナDMまで。詠草もDMにお願いします。

祝日の歌会開催は久々なのでぜひ遊びに来てください!

 


5月7日(日)東京文学フリマ北海道大学短歌会ブース(F-40)で委託販売をさせていただくこととなりました。

 

久石ソナ第一詩集『航海する雪』(第50回北海道新聞文学賞詩部門本賞受賞作)

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『美容室で作る詩歌アンソロジー』

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『美容室で作る詩歌アンソロジ』とは

 

美容室にいる時間、あなたは何を言葉に託しますか?
詩人、歌人俳人、漫画家が同じ美容室で感じたことを作品にしてくださいました。

 

参加者:
沼谷香澄
スズキロク
村上なぎ
@houtuma
禰覇楓
貴志紫
松本てふこ
宮﨑莉々香
黒井いづみ
杏野カヨ
布谷みずき
あかみ
廣野翔一
北大路翼
久石ソナ

 

私は最新詩「職業:美容師(アシスタント)」を寄せました。

 

どうぞ、もろもろよろしくお願いいたします。

 

 

長崎ひとり旅で感じたこと〜後編〜

3月14日。小浜温泉は最高温度105度という超高温の温泉街である。その温泉の温度を利用した蒸し料理が多く存在する。朝食は蒸し野菜をメインとしたものであった。

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朝風呂を済ませ、刈水地区へ。車が入れないというのはその言葉の通り、道が狭いということを指していた。

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山道に多くの古民家が立ち並び、そこからは小浜の街と海が見えた。

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ここに住むことを考える。KIRINJIの「日々是観光」が流れるような気分だ。
松山巖氏の「建築はほほえむ」という本に、
子どもたちは、家と家の間の狭い路地、庭先、小屋の陰、床下、空き地といった場所を、自分たちで自分たちの遊び場に変えた。
という文章があり、それを思い出す。きっと、刈水地区にはそういう子どもたちの遊び場が点在するのだろう。

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海を眺め、小浜温泉のパン屋のパンを買い、バスへ乗り込み長崎市内へ向かう。

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長崎市内に到着したとき、日差しは気持ちよく浮かれた気分で路面電車に乗り込む。路面電車には住んでいる人と観光客でいっぱいであった。
出島という駅名で降りる。出島の周りは埋め立てで建物が多く存在する。そんな中にポツンと出島は資料館として当時を再現している。

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ブラタモリの長崎編で、道路の下に橋があり、それが急な経済の発展、すぐに道を作らなければなかった、という(確かそんな感じだった気がする)紹介をされていたところにたまたまたどり着き、橋が今でも陰ながら頑張っているんだな、と思う。

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その橋の近くにグラバー園があり、グラバー園には行かずそのまま、長崎市内を見てみようと思い、上へ進む。登り坂に息が切れつつ、それでも民家は入り組んでいる。

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それが面白くてきょろきょろしながら登っていくと、突然民家は減り、山道へ続く道になる。さらに登っていくと、頂上に公園があり、そこから長崎市内を見渡せる。海のぼんやりとしたところに軍艦島らしきものを感じる。

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これが長崎なのか、と静かな昼間に揺られる。


降りるのは容易かった。けれども、これほどまでに入り組んでいる細道は初めてで、分かれ道はどちらが面白そうな道かという基準で決める。

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坂道といえば、オランダ坂が有名だとくうかいで出会った地元の人に教えてもらった。オランダ坂へ向かっている途中、猫の溜まり場にでくわし、獣くささを感じる。

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坂に道を作った人たちは偉大だな、とそんなことを思いながらオランダ坂を後にし、中華街、そして、ちゃんぽんの発祥の店、四川楼へ。五階建ての大きな建物の中にはちゃんぽんの歴史が学べる資料館もある。

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相当な席数があり、多くの人がちゃんぽんを食べていた。私もちゃんぽんを注文し、食べる。今までそれほど多くのちゃんぽんを食べてきたわけではないが、ここまで美味しいちゃんぽんは初めてであった。驚いたのは、この大人数のお客さん(別フロアには修学旅行生単位の来客者もいる)にこのクオリティのものを提供できることだ。それは職人技だと感じた。

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飛行機の時間が迫ってきている。
長崎駅目の前のバスセンターからバスに乗り、空港へ向かう。
もっと見るべきところはたくさんあるのだろう、と長崎の街並みを飛行機の窓から眺める。

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長崎ひとり旅で感じたこと〜中編〜

だんきゅう風呂を後にし、遅めの昼食をとる。温泉街の定食屋には独特な雰囲気が漂う。長崎の名物と言えば、ちゃんぽんと皿うどんが思い浮かぶ。ちゃんぽんは本格的な味を楽しもうと思い、皿うどんを注文。きっとこれは、雰囲気を味わうものなのだと思いつつビールとともに完食。

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雲仙温泉には地獄が存在する。地獄からの叫びに圧巻されながら、空へと向かう煙を眺める。

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湯気と雨にまみれながら歩いていると、旅行で来ているのであろう家族連れのお子さんから「こんにちは」と言われた。登山中にすれ違う人たちと挨拶するのはマナーだと思う。けれど、街でまたや温泉街で知らない人と挨拶することはそうない。ふいに心を温めてくれた。
もう一つ日帰り温泉には入り、雲仙温泉を後にする。

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小浜温泉行きのバスに乗り込む。バスに乗り込む人の中に学生服の少女がいた。当たり前のことなのだが、この土地にも学生がいるのだな、と改めて実感する。周りに家がすくなくなったバス停で少女は降りた。あらゆる希望や悩みを抱えているのだと考えると、自分のちっぽけな存在だけがバスとともに揺れるのである。

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宿に着き、夕食へ。夕食は小浜温泉の居酒屋(?)で地元で獲れた海鮮丼をいただく。たぶん地元の方だろう人たちの話し声を聞きながら食べている食事は飲み足りなさと喋り足りなさを積もらせる。
居酒屋を後にし、辺りは真っ暗であった。夜の海のそばの道を散歩して、宿へと向かう。宿に向かう途中、ダイニングバーを見つけて入る。名前は「くうかい」。

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中の見えない扉をあけてみると広々としたテーブル席とカウンターが見えた。初めはテーブル席へと通されたが、店員と地元の人に呼ばれてカウンターに移動。地元の人との会話はとても面白く、それはきっとその地に行かなければ、味わえないものの一つだろう。
小浜では、ナンパに会う確率よりもイノシシに会う確率の方が多いという。
そんな話を聞きながら、笑いながらお酒を飲み、明日のことを考える。

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巡った方がいいところはないですか?と尋ねると、刈水地区のことを教えてくれた。
そこは小浜からすぐ近くにある、車の入れない地区だという。そんなわくわくするところがあるのか、と思いながら、時間もいい頃合いになっていた。
「くうかい」さんを後にし、宿へ戻り、小浜の温泉を堪能して、長崎ひとり旅の1日目を終えた。

ここ最近思ったこと

長崎の旅の記録をぽちぽち書いているが、書き続けると長くなってしまう。

 

ここ最近、いくつかの依頼を頂いて、それは本当にありがたい。よく言われることだが、その依頼が最後だと思って全力で取り組むことを思う。

 

私が死ぬとしたら、どれだけの人が何を思うのか。

 

死んだ数十年先に私の作品は読まれるのか。そんなことを考えると、あまりにも欲にまみれた考えだと思う。

 

書きたいものを書く。読みたいものを書く。そのリアルを充実させていく。

 

小沢健二さんの「流動体について」に一つのヒントがあると感じてしまう。

 

長崎ひとり旅で感じたこと〜前編〜

3月13日月曜日。東京の早朝電車には多くの人が乗り込んでいた。あらゆるにおいが渦巻く車内で眩暈を覚えつつ、ゆるやかに朝日を迎え入れる車窓を眺めていた。
長崎に就職する弟の手伝いをしつつ、一泊二日の長崎観光を企画していたが、急遽、弟の東京研修が入ってしまったため、長崎ひとり旅になってしまった。
スカイマークは羽田から神戸、神戸から長崎、という乗り継ぎをする。約3時間20分の空の旅であった。

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長崎は初めて降り立つ場所で、グーグルマップにこれまで行ったことのある場所に星(保存する)を灯しているが、また一つ星が灯された。

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天気予報通りの雨が長崎を包み込む。今回は航空券と宿だけ決めての旅であるので、その場で行きたいところを決め、電車とバスを使い(お酒が飲みたいので運転は断念)移動していく。
宿は小浜温泉にある旅館。オバマ元大統領の頃、話題に上がっていたのが懐かしく感じる。ひとまず、宿方面のバスに乗り込む。長崎空港から早へ行き、早から小浜方面のバスに乗り込む。バスは小浜温泉から雲仙温泉に向かうとのことなので、1日目は温泉の旅にした。
音楽が聴きたくなって、iPhoneから小沢健二の「流動体について」を流す。人生の中で様々な決意をして来たが、それがもっとも良いことだったのか、なんてことを考えながら、長崎の景色を眺めていく。
様々な情報が交差する中、僕が旅に出る理由は、その土地の匂いや音や湿度や景色を全力で味わって咀嚼してやりたいという気持ちが強いからである。長崎でもそれは例外ではない。また、温泉街は面白い。温泉で癒し、硫黄の香りで気分を高揚させるのはもちろんのこと、その土地で働く人たちや住む人たちのことを考えるとわくわくしてしまう。温泉街に着いたらキリンジの「温泉街のエトランジェ」を聴こう。
移動中、バスとバスがすれ違うたび、運転手たちは手を挙げて合図を送りあっていた。素敵な文化だなと思いながら見ていたら、小浜温泉を通り、自分の宿を目視しさらに奥へと進む。
雨は本格的になり、雲仙を目指すバスは霧を切り開いて進んでいく。いくつものバス停の名前が告げられてはその息を潜めていく。途中に「耳採」という名前のバス停があり、調べてみると色々な言い伝えがあるそうですね。

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バスの中にまで硫黄の香りが染み込んでいたが、雲仙温泉に到着したらそれはより濃いものへとなった。日帰り温泉施設は調べればすぐに出てくるものだが、まずは散策。住宅街方面へ歩いていくと、共同温泉を見つけた。だんきゅう風呂。200円で入浴できるのも嬉しい。浴場に入ると地元の人であろう人に挨拶をされて、ここは地元に愛されているところなのだろう、と感じた。

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空の観測家

空の観測家
久石ソナ

彼は空の観測家であった。
窓辺の深緑の椅子に腰かけ
日々の空を記録して生きている。
今は夕暮れを迎え入れようとする空。
その時間がもっとも変化の激しさを感じさせる
と、彼はノートに書き込んでいる。
また、朝の空がもっとも好きだと彼はノートに
それは何度も書き込んでいた。
(彼の手は砂漠のように潤いとはかけ離れている)
澄み切った空の遠くには
大山脈の頂たちが輝いている。
それは朝の空で、その時だけは
彼の筆の速度はゆっくりと時間との対話を
楽しんでいるようだった。
人々が生きるために身支度を始める。
(彼はふいに涙をこぼし蒸発するまで筆を置いて過ごす)
昼の空には人々の声が飛び交う。
窓辺の向こうに、
あらゆる感情の声が空を彩らせてゆく。
澄み切った空はそこにはもうなかった。
生きるための、怒りや悲しみが
海のように波打つのだ。
(彼は右目についた目ヤニに気づかない)
次のページへ捲る。
彼は空の観測家であった。
夜になれば、地平線からひかりが
ぽつりぽつりと灯る。
妻を愛し、友と戯れる声が空となってゆく。
眠るものは怒りの声を発しない。
時間が空を清くする。
朝になればまた澄み切った空が彼を待っている。
彼は空の観測家であった。
日々の空を記録して
次のページへ捲る。

水脈とそこから開かれる光

差しこまれたのは日差しと暖房機の音。世間はあっという間に冬であった。鳥の鳴き声がひどく震えて聴こえるのは、寒さのせいだけではなくて。ゴミを出す。私から生まれてゆくゴミはビニールのきらきらに包まれて、雪がさらに包み込もうとしている。指先から伝わるのは朝の水脈。水面の膜は今にも破けてしまいそうなほど脆く、私の指先はそれをつねに沿わせられている。ゴミステーションの前でタバコをふかし、消えてゆく煙のなかのわずかな温もりを探している。空を見上げれば積雪を運ぶ準備を進めていた。都会にはいまだかつてないほどの自信が積もるばかりで私は、ゴミステーションの前で立ち尽くしながら、ただ祈るように眺めている。水脈に繋がれている私は、人のあらゆる声を拾い集めていたが、それらはいずれ錆びてしまうことを知っている。ねえ。朝の大移動が始まる。足音が渦となってあらゆるものを飲み込もうとしている。それに抗う自信たち。タバコを吸い終わり、ゴミとして追加させたとき、生きていることを実感する。一日が歩き出す。水脈が揺れ始めて雪の瞬きが濁りだす。爪の薄さが気になりつつ。ゴミ回収時間までにはまだ時間がある。